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第1部 本

生物・進化

魚の耳で海を聴く(キングドン)

『魚の耳で海を聴く: 海洋生物音響学の世界歌うアンコウから、シャチの方言、海中騒音まで』2025/4/29
アモリナ・キングドン (著), 小坂恵理 (翻訳)


(感想)
 魚たちと音の関係、海中騒音の現状と解決策……私たちがあまり気にとめることの少ない海中の音の世界を、最新の研究と取り組みを通して詳しく解説してくれる本です。
 19世紀から20世紀、戦争や商業活動のために「ハイドロフォン(水中の音を聞くための特殊なマイクロフォン)」などの技術が生まれました。そして……
・「テクノロジーが発達したおかげで、一部の動物は人間が知覚できない周波数の音で交流していることがわかった。地震を感知するための装置を使えば、ナガスクジラが発する低音域の声を聞き取れる。一方、イルカやネズミイルカなどのハクジラ亜目は、高周波のクリックを発し、その反響音を聞き分けながら海を回遊する。クリックは人間が聞き取れる範囲には到底収まらないほど高く、海中の水中音波探知機でも未だに音を拾うことはできない。
 水中の多くの動物が世界について学び、コミュニケーションを交わすために、音は最善の方法になっている。(中略)
 要するに、水中では音が生命の仲介役になっている。」
・「第二次世界大戦や冷戦をきっかけに、水中で潜水艦の音を聞き取るための極秘のネットワークが構築された。そこからは音響に関してかつてなかったほどの大量のデータが集められ、海底や動物の不思議な音に関する報告が数多く寄せられた。報告は数十年にわたって機密扱いされてきた。しかし冷戦が終わると、シンプソンのように軍隊とは縁のない海洋生物学者にも、海がどんな音で満たされているのか聞くチャンスがようやく与えられたのである。」
・「サンゴ礁の音は数十キロメートルにわたって水中を伝わり、最後は消滅する。サンゴ礁で、小エビはぱちんとはさみで音を立てる。ブダイは海藻を歯で噛み砕きながら食べて、バリバリと威勢の良い音を響かせる。魚は浮袋のあたりでグウグウと音を鳴らし、顎からは歯ぎしりが聞こえる。」
   *
 海で波の音とか海鳥の声とかはよく聞いていても、海中で「魚が話している」とは思ってもみませんでした。かろうじて「クジラの歌」は知っていましたが……。
 著者のキングドンさんは、海の生き物が音をどのように利用しているのかに興味をそそられて、音響学者たちと交流し、自分でも海に出かけて魚たちのユニークな音をハイドロフォンで聞き取ることに挑戦しています。
 この本には、美しくて過酷な自然のなかでの体験談がリアルに綴られているだけでなく、多くの科学者たちの長年にわたる努力によって、海のなかの音の実態が明らかになっていくプロセスや、魚たちが人間とは違う形で音を聞き取る能力を持っていることに関する解説があって、面白くて勉強にもなりました。
 魚たちは、私たちと同じように有毛細胞で音を感知しているようです。
「(前略)魚の耳が音の粒子運動を検知したときに有毛細胞が流れる向きによって、毛様体の曲がり方は異なり、その違いを脳は区別するので、水中でも方向を確認することができるのだ。」
 ……そして魚たちが発する音で、彼らのコミュニケーション方法、交尾の儀式の内容、どんな魚がどこを泳いでいるかなどが分かるようです。
イルカは「高い周波数の音は細かい情報を集めるために、低い周波数の音は遠くの情報を手にいれるために使う(低い周波数の音は媒介を通過するときに失われるエネルギーが少ないので、遠くまで届く)」とか、イルカには「個体ごとに異なるシグネチャーホイッスルがあり、それはコンタクトコールとしても使われる」とか、その他、いろんな音が海に響いていることを知りました。
 科学技術の進歩で、海洋生物音響に関するデータが増えるなかで、人類が立てている音が海の生態系に影響を与えているという現実も分かってきているようです。
 例えば、軍事演習のソナーがシャチに悪影響を与えていることが明らかになり、地震探査の音や杭打ちの音という非常に大きい音や衝撃音も、海洋生物に劇的な影響を及ぼしています。そして……
「アメリカでは一九七二年に海洋哺乳類保護法が制定された。そこには様々な脅威への対策が盛り込まれ、海中のノイズも取り上げられた。この法律のもとで、海洋哺乳類の殺害や、音などによるハラスメント(嫌がらせ)は禁じられた。産業目的や軍事目的でどうしてもノイズが発生するときには、保護法の適用除外を申請しなければならない。」
 ……船舶の音や音響測深機の音、海底資源探査船のエアガン、洋上風力発電所の建設・運転中のノイズ、地震やハリケーンの音……海洋生態系に影響を与えるノイズが意外に多いことに驚かされました。ちなみに船のノイズの解決策としては、1)航路を移動して船と動物の距離を広げる、2)船のスピードを落とす、3)もっと静かな船を設計するなどがあるようで……地震やハリケーンは仕方がないですが、私たちがコントロールできるノイズに関しては、何か対応すべきなのかもしれません……。
『魚の耳で海を聴く: 海洋生物音響学の世界』……音でコミュニケーションを取る水中生物が意外にたくさんいて、海の中は賑やかな会話にあふれていることを教えてくれる本でした。海洋生物に興味のある方、海洋や港湾関係の仕事をしている方は、ぜひ読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。

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『魚の耳で海を聴く』