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第1部 本

生物・進化

希望の分子生物学(黒田裕樹)

『進化生物学者、身近な生きものの起源をたどる』2023/10/19
長谷川 政美 (著)


(感想)
 DIYバイオから遺伝子治療、AI創薬まで、分子生物学が導く驚きの未来像を、分かりやすく豊富なたとえを駆使して解説してくれる本で、内容は次の通りです。
第1章 現代生命科学のルーツをおさえる
第2章 20世紀の生命科学革命
第3章 ここまで来た驚異の21世紀生物学
第4章 ヒトが住める地球環境を導く生物学
第5章 遺伝子組換えの未来
第6章 創薬や治療法の未来
第7章 未来を描いたSF世界を考える
   *
「第1章 現代生命科学のルーツをおさえる」では、まず基礎的な生物学の内容を教えてくれます。「生物の六つの特徴」は次の通りだそうです(本書内では、もっと詳しい説明があります)。
1)細胞をもつこと
2)栄養摂取・代謝を行うこと
3)成長・増殖すること
4)遺伝子を持ち、遺伝情報を複製すること
5)刺激に対して反応すること
6)繁殖によって種の継承を行うこと
   *
 また「第2章 20世紀の生命科学革命」、「第3章 ここまで来た驚異の21世紀生物学」では、革新的な発見や発明を時代の流れに沿って説明しています。
 例えば2012年に開発されたCRISPR-Cas9(クリスパーキャス9)については……
「簡単に述べるならば、敵の情報を記録するハードディスクのようなものがCRISPR(クリスパー)であり、やってきたウイルスの核酸を切断してやっつける殺し屋が酵素タンパク質であるCas9(キャス9)です。
 切断を指令する時はCRISPRからガイドRNAという拡散がつくられます。このガイドRNAが指定した領域をCas9が切断します。
 彼女らは、そのセットを巧みに利用して、ヒトなどでの細胞でも、目的のDNA配列だけを狙いすまして切断する手法を開発しました。単に切断するだけではなく、切断した領域で遺伝子組換えを実現するなど、様々な応用性もあります。」
 ……という解説があり、CRISPR-Cas9のおかげで、従来の技術と比較して革命的なほど正確に、時間をかけずに作業ができるようになりました。
 このクリスパーキャス9などの先進的遺伝子改変技術で、大きな変革が予想される分野には、次のようなものがあります。
1)医療(先天的な病気の治療、臓器・組織の再生、臓器移植、早期診断)
2)創薬(新薬の開発、ワクチンの開発)
3)環境(環境汚染対策、環境センサー、環境に優しい素材開発)
4)産業(生物燃料、農業、食糧生産)
5)寿命
6)バイオハッキングと人間強化
7)生物兵器
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 そして、わくわくさせられたのが「第6章 創薬や治療法の未来」。ここでは、幹細胞療法、免疫細胞療法、人工臓器(3Dプリンターで細胞を人工的に並べる)、創薬や医療現場へのAIの活用などによる医療の飛躍的発展に寄与するもの一つとして、RNA創薬の解説もありました。なんと「RNA創薬は万能性を持つ」もので、RNAを用いて作られる薬は、次のように大きく分けて二つあるそうです。
「一つ目はRNAの情報が翻訳されてできるタンパク質が病因に作用するものです。これを「情報型RNA薬」と呼びましょう。もう一つはRNA自身が標的を攻撃するものです。これを「直接型RNA薬」と呼びましょう。
 情報型RNA薬として世の中で最も活躍した例は、COVID-19(コロナウイルス感染症)に対して開発されたmRNAワクチンです(ワクチンも広義には薬の一部です)。世界の広範囲にわたって使用された、人類史上初となるRNA創薬によって生み出された薬となりました。(中略)
 情報型RNA薬としてRNAに搭載させる情報は、ワクチンである必要はありません。理論的にはあらゆるタンパク質の情報を搭載させることができます。何らかのタンパク質の不足が病気の原因である場合、そのタンパク質の情報が搭載された情報型RNA薬をつくればよいわけです。(中略)
 もう一つの直接型RNA薬の代表例は、小型干渉RNA(siRNA)や短ヘアピン状RNA(shRNA)と呼ばれるもので、これらは特定の遺伝子の発現を抑制するために使用されます。(中略)
 直接型RNAにはクリスパーキャス技術で用いられるガイドRNAも含まれています。病気の原因がウイルスや細菌などの核酸を有するものの場合に限定されますが(もちろん、多くの病気がそれに該当します)、ガイドRNAとして用いられる直接型RNAは該当するあらゆる外的に対して有効であると理論的には言えるでしょう。
 もちろん、情報型RNA薬によって特定のタンパク質を体内で人為的に増やしたり、直接型RNAによって特定のRNAの働きを阻害したりすることで、すべての病気が治るわけではありません。
 しかし、病気の種類ごとに個別に合成・抽出・精製などを行っていた20世紀に主流であった薬と比較して、病気の種類に関係なく同じ手法で薬がつくられることはRNA創薬の再際の利点であり、冒頭で万能性に言及した根拠にもあたります。」
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 素晴らしいですね! このような薬は、「体内の目的の場所に的確に届けられる」必要がありますが、その技術についても次のように紹介されていました。
「特に注目されているのが「エクソソーム」です。これは直径約100ナノメートル(1ミリメートルの1万分の1)の袋状の構造体です。真核生物のほとんどの細胞はエクソソームをつくることができます。袋を構成する膜は細胞膜とほぼ同じような膜と思っていただいてよいでしょう。
 エクソソームは、遺伝子工学を用いて、薬物、小分子、タンパク質、RNAなどの多様な治療候補分子を人為的に袋の中に内包させることができます。(中略)
 血流に入ると、エクソソームは目標とする器官、組織、細胞に向かいます。そしてエクソソームの表面にある分子や抗体が、ターゲット細胞の特定の受容体に結合することにより、エクソソームは意図した目的地の表面に付着して、細胞内に取り込まれます。この目的地にのみ到達する機構(ターゲティング機構)により、薬物の効果は疾患の部位に集中し、健康な組織への分布(つまり副作用)は最小限にとどまるのです。」
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 また同じような機能を果たすものとして、細菌がもつ「細胞外収縮注入システム」も研究が進んでいるようです。
まさにタイトル通りの『希望の分子生物学: 私たちの「生命観」を書き換える』でした。
 この他にも、ラクダの「ナノボディ」という抗体、オプトジェネティクス、ヒトマイクロバイオームなどの最新情報や、人が眠る生物学的理由などの参考となる情報をたくさん読むことが出来ました。みなさんも、ぜひ読んでみてください☆
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。

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希望の分子生物学: 私たちの「生命観」を書き換える (NHK出版新書 709)