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第1部 本

医学&薬学

人体の全貌を知れ(デイヴィス)

『人体の全貌を知れ──私たちの生き方を左右する新しい人体科学』2022/9/27
ダニエル・M・デイヴィス (著), 久保 尚子 (翻訳)


(感想)
 新たなテクノロジーとツールによって明かされてきた人体の姿は、息を呑むほど精巧で、複雑で、多様性に溢れている……細胞とは何なのか、何をもって健康とするのか、そして、生命とは何か……英国で最先端の顕微鏡を用いて免疫細胞を研究するデイヴィスさんが、ヒト生物学の最前線を紹介してくれる本で、主な内容は次の通りです。。
一章……超高分解能で細胞を見る──顕微鏡の発展とともに
二章……命の始まり──遺伝子検査とゲノム編集
三章……新しい治療法を生むテクノロジーの力──フローサイトメーター
四章……色鮮やかに脳を染める──多色標識法と光遺伝学
五章……内なる他者との共生──マイクロバイオーム
六章……包括的な遺伝コード──ホリスティックな医療へ
七章……全体を見る
   *
「訳者あとがき」に本書の簡単な概要があったので、まずそれを紹介します。
「(前略)本書では、個々の細胞からスタートし、胚の発生とゲノム編集、臓器・器官系ごとに変化する細胞の個性、脳の配線とコネクトーム、マイクロバイオームとダイエット、ゲノム検査とホリティックな医療など、(中略)重要なトピックスを一つの流れのなかで順に眺めていくことで、「ヒト生物学」がどのように進展し、その最前線で何が起きていて、私たちの生活や人生にどう影響するのかを、一般読者にわかりやすく伝えようとしている。」
……『人体の全貌を知れ』というタイトルのこの本、ぱらぱらめくってみたら、イラストなどがまったくなく、すべてのページがみっちり文章で埋まっていて……正直、かなり難解な本なのかもと内心ビビリながら読み始めました……でも、予想に反して内容はかなり分かりやすく、しかも驚くような研究が多数紹介されていて、とても読み応えがありました。
 たとえば「一章……超高分解能で細胞を見る──顕微鏡の発展とともに」では、超高分解能の顕微鏡が、どんな人たちの努力で、どのような原理&構造で開発されたのかを詳しく知ることが出来ます。
 実は光学顕微鏡については、1873年にドイツ人物理学者エルンスト・アッベさんが顕微鏡の性能の向上の限界(アッベの回析限界)について、「小さな物体の周りで生じる光の拡散と屈折の仕方(回析)のせいで無限には拡大できない」ことを数学的解析で示していたのです。
 この限界に屈せず、科学者のベツィグさんとヘスさんは、アッベの回析限界を超える「超高分解能の顕微鏡」を作りあげたのですが、それには日本人科学者の下村さんがクラゲ細胞から見つけた光タンパク質が、大きく関わっていました。下村さんは、クラゲ細胞を光らせる二種類のタンパク質分子を同定。一つ目はカルシウムが存在する状況で青色の光を放ち、二つめは、その青色の光を吸収して緑色の光を放つもの。この二つ目のタンパク質が、のちに緑色蛍光タンパク質(GFP)と命名され、顕微鏡の世界できわめて重要な役割を果たすことになるのです。
 ベツィグさんとヘスさんの開発した超高分解能の顕微鏡は、ほんの数個のGFPだけを光らせる瞬間的な照射を繰り返すことで、分子の正確な位置(光っている中心)を精緻に推測し、細胞のタグ付けされた分子画像を高分解能で見ることを可能にしたのでした。
 ……この本には、このように地道な研究を重ねて、生物学や医学に大きく貢献した装置などが、その構造や原理を含めて詳しく紹介されるので、とても勉強になりました。
「三章……新しい治療法を生むテクノロジーの力──フローサイトメーター」では、現在、各病院で、血液、組織、腫瘍のサンプルを日常的に解析するのに使われている「フローサイトメーター」が、どのように開発されてきたかを知ることができました。この装置は、細胞を種類ごとに数えるだけでなく、ウイルスや細菌の存在も検出できるし、個人の免疫細胞が正常に機能しているかどうかも検査できるなど、医療の進歩に多大な貢献をしているようです。
 そして個人的に最も興味津々だったのは、「四章……色鮮やかに脳を染める──多色標識法と光遺伝学」。超高分解能の顕微鏡などのテクノロジーで、今ではシナプスを詳細に調べられるそうです。シナプスに蓄積しているタンパク質をそれぞれに単離し、原子一個ずつのレベルで調べることもできるのですが……残念ながら、このような分子レベルの視野では、脳が実際に働く様子を明らかにはできません。
 機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いると、生きている被験者の脳の活動画像を作成できますが、fMRI画像に現れるのは、ある脳領域に活動の増大が見られるかどうかであって、どれか特定のニューロンが発火しているかどうかや、それがどんな結果を生んだかまではわからないという限界があります。
 そこでBrainbow法という、個々のニューロンに赤、緑、青の蛍光タンパク質を異なる分量でラベル付けして色付けする方法が開発されているそうです。
 また、電子顕微鏡内のサンプルチャンバー内に自動切断装置を取り付け、対象の脳の小片をプラスチック樹脂で包理し、ずれないよう固定して表面の層を薄く削り取り、新しく表面に現れた層を撮影することを繰り返して、サンプル全体の三次元像を得るなどの方法で、シナプスで接続された軸索と樹状突起などの詳しい画像を得るなどの研究も進められているようでした。
 この章でとても驚いたのが「光遺伝学」の話。2003年、ドイツの研究チームが、光を電気に変換して遊走活動を引き起こすタンパク質分子を藻類細胞内で発見したことで、光遺伝学への道がひらかれたようです。次のように書いてありました。
「発見したタンパク質は、藻類細胞の表面にあり、光が当たると形状が変化し、小さな穴を形成する。そうやって穴がひらくと、そこを通って荷電原子が出入りするようになり、いくつもの反応が立て続けに引き起こされ、最終的に鞭状の構造体が細胞の外に突出して鞭打つように動き、平泳ぎのようなスタイルで細胞が移動する。実は、細胞の活動スイッチをオンにする合図として光を利用するこのタンパク質こそが、光遺伝学の基礎となっている。ニューロン――あるいは他のどの種類の細胞でもよい――の遺伝子を操作してこのタンパク質を産生させれば、光照射によって細胞の活動スイッチをオンにすることができるのだ。」
 この藻類タンパク質を特定の種類の脳ニューロンで産生させるよう処理されたマウスは、レーザー光を脳内に送られると突然動きを変え、レーザー光がオフになると、もとの動きに戻ったそうです……うわー、こんな方法で生物を外から操ることが出来るようになっているなんて……なんかちょっと怖いですね……。
 この後も、興味深い話が続々続き、「六章……包括的な遺伝コード──ホリスティックな医療へ」では、がんの遺伝子解析や、ビッグデータ解析などのさまざまな技術の進化で、「完全に発症する前にがんや他の病気を検出できるようになる」可能性も示唆されていました。……そうなると良いですね!
『人体の全貌を知れ』……今の人体科学がどんどん進んでいることを知ることが出来て、わくわくさせられた本でした。多くの科学者たちが、どんなふうに新しい装置を開発してきたかの経緯も知ることが出来て、とても参考になります。人体科学に興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。

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