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第1部 本

医学&薬学

人体改造はどこまで許されるのか?(小林亜津子)

『生命倫理のレッスン: 人体改造はどこまで許されるのか? (ちくまQブックス)』2022/6/16
小林 亜津子 (著)


(感想)
 美容整形やスマートドラッグなど、人体を改良するための技術利用は「私の自由」といえるのか? 未来社会や現代人の自由をめぐって生命倫理を考察している本です。
『生命倫理のレッスン ーー人体改造はどこまで許されるのか?』というタイトルだったので、「人体にプラグを接続してサイボーグ化(人工知能・ロボットを接続)」的なものを想像してしまったのですが、そこまで過激な人体改造をテーマにするものではありませんでした(苦笑)。
 でも……美容整形やドーピングっていうのは、確かに「人体改造」だし、ずーっと昔から行われているけれど、それについて倫理的な観点から深く考えたことは、あまりなかったような気がします。
 個人的には、ドーピングは良くない気がするけど、美容整形には倫理的問題まではないのでは? という気持ちで読み始めました。
「はじめに」では、次の事実に驚かされました。なんと「現代日本で生まれてくる子どもの14人に1人が対外受精で生まれている」そうです。……そんなに!
 そして医療の「治療」に使われている手術や薬は、「エンハンスメント」にも使われているのですが、「身体や頭脳の性能、美しさが美容整形やドーピングで手に入れられることになったら、何が起こるのか?」、「「試練」や「努力」が不要になることは「進化」なのか、「堕落」なのか?」という問題提起がなされていました。
 そして最初の章「Lesson1 美容整形は「私の自由」?」では、次のことに驚かされました。「韓国では、親が大学生になった子どもに「入学祝い」として、整形費用を出してあげることもある」そうです! ええー、さすが美容整形大国・韓国だ……。
 ここでは「自由主義社会の倫理の基本的考え方」について、次のようなことを知ることができました。
「1)判断能力のある大人なら、2)自分の生命、身体、財産など、あらゆる<自分のもの>にかんして、3)他人に危害を及ぼさない限り、4)たとえその決定が当人にとって不利益なことでも、5)自己決定の権限をもつ」とされています。(加藤尚武『現代倫理学入門』)。すなわち、「判断力のある大人」であれば、「誰にも迷惑をかけていないんだから、私の好きにさせて」ということができます。」
 ……なるほど。でもたとえ「大人」でも、勢いで血迷った判断をしちゃうこともあるしなあ……とちょっと不安に思っていたら、なんと美容整形外科のなかには、きちんと精神科と連携してサポートしてくれるところもあるそうです。次のように書いてありました。
「美容クリニックの中には、外科医の問診の前に、精神科医があらかじめクライアントの希望や事情を聴き、その人に本当に外科的処置が必要かどうか判断するところがある(精神科医が、クライアントの「判断能力の判定」をする)。」
 ……そうなんだ。
 そして「Lesson2 ドーピングはなぜいけないのか? 安全性・公平性・主体性から考える」では、スポーツでは「薬物を用いたエンハンスメント(ドーピング)」がルールで制限されているけれど、薬物を使わないエンハンスメント、例えば、高地トレーニングでアスリートの心肺機能を強化するとか、最新の機器や測定装置の使用をするのは問題がないのだろうかという問いかけがありました。……うーん、これらが問題になるとは、そもそも思ってもみなかったけど……確かにドーピングと同じような効果をもたらすものですよね……。
 さらにおどろかされたのは、「Lesson3 スマートドラッグで「私」ではなくなる?」と、「Lesson4 スマートドラッグは、人類を幸せにしてくれるのか?」。最近では、脳のサプリのように使える、次のような「スマートドラッグ」というものがあるそうです!
「スマートドラッグは、「脳ドーピング」とも言われ、脳に働きかけて脳内のドーパミンなどの神経伝達物質を増やし、通常以上に集中力を高めるとされており、サプリメントから処方薬まで、種類が豊富です。試験勉強の際に、その薬を飲んで勉強すると効率が上がるとされ、アメリカやイギリスではすでに、成績を上げたい子どもたちや大学生などの若い人たちの間に広まり、日本の教育現場でも意識され始めています。
 もともとこのような薬は、医師の処方のもとに使用されてきたもので、ADHD(注意欠陥・多動性障害)などと診断される子どもたちに処方されていました。そのような子どもたちに対して、覚醒作用のある向精神薬を投与すると、与えられた課題に集中して取り組めるようになり、成績や社会的適応力が向上するとされています。
 2000年代にはいると、そうした薬が医学的治療以外の目的で利用され始め、心身共に必ずしも医学的介入の必要のない学生や大人たちが、試験勉強や受験で効率的に集中したり、仕事や研究のパフォーマンスを高めたりするために、用いるようになりました。」
 ……ええー! そんなものが?
 これはさすがに「安全性」や「公平性」の面でどうなの? と感じてしまいましたが、もしかしたら、これの一番の問題は、「社会的」なものかもしれません。それは、受験競争に直面している時には、「みんなが使っているなら、使わなければ損」という心理になるのが普通だと思うからです。「「薬を使わないと勝てない」状況になるなら、単純に「スマートドラッグの服用は、個人の自由」とは言えなくなるのでは?(個人の自由な選択が、社会全体の自由を脅かすという事態が発生する)」という小林さんの指摘に同感してしまいました。
 この他にも「努力の価値や満足感がなくならないか?」、「スマートドラッグが効いているときと、そうでないときのギャップに本人が悩まないか?」という指摘にも考えさせられました。
 そしてもちろん美容整形にしろ、スマートドラッグにしろ、お金が必要なはずで、これらの技術は「格差」を拡大するものでもあります……。
 この本は、「エンハンスメント」をめぐる生命倫理について、深く考えさせてくれました。でも……個人的に、これらの問題提起への答えはまだ明確に出せてはいません。こういう難問は、常に心の底に留めておくことで、考え続けていかなければならないのでしょう。そして実際にその問題に直接ぶつからざるを得なくなった時に、その時の情勢に応じて、自分なりの判断を下せるよう準備しておくことが大事なのだと思います。本書の「おわりに」にも、次のように書いてありました。
「技術の急速な進歩がつぎつぎと投げかける新しい問題に、倫理学が追いつかないという状況が生じているのが、今、私たちが生きている時代です。
 そのなかで、新たに登場してきた技術を、どのような枠組みでとらえ、どのように判断したらよいのか。自分自身の感性に問いかけてみてほしいと思います。
 倫理学では、何かを「知る」というよりは、みずから問題意識をもって「考える」ことが求められています。倫理的に考えるということは、究極的な解答、正解を見つけるというよりはむしろ、「何が正しいのか」を問い続ける、「正しさの探求」をしていくことです。
 この先は、みなさん自身が問いを立てて、自分なりにその答えを探していきましょう。」
 ……「生命倫理」について、深く考えさせてくれる本でした。ここで紹介した以外にも、さまざまな問題提起、それに対するさまざまな面からの考えが綴られています。みなさんも、ぜひ読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。

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