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第1部 本

生物・進化

酵母 文明を発酵させる菌の話(マネー)

『酵母 文明を発酵させる菌の話』2022/2/25
ニコラス・マネー (著), 田沢 恭子 (翻訳)


(感想)
 ワインやビール、パンを作るために必要な「酵母」について多面的に教えてくれる本で、内容は次の通りです。
第1章 はじめに 酵母入門(Yeasty Basics)
第2章 エデンの酵母(Yeast of Eden) 飲み物
第3章 生地はまた膨らむ(The Dough Also Rises) 食べ物
第4章 フランケン酵母(Frankenyeast) 細胞
第5章 大草原の小さな酵母(The Little Yeast on the Prairie)バイオテクノロジー
第6章 荒野の酵母(Yeasts of the Wild) 酵母の多様性
第7章 怒りの酵母(Yeasts of Wrath) 健康と病気
   *
「第1章 はじめに 酵母入門」には、酵母の働き(アルコールをどう作るか)について、次のように書いてありました。
「酵母はブドウ糖(グルコース)などの糖を燃料として自らの細胞を働かせる。エネルギーを回収するには、糖分子を小さなパーツに分解し、そこに含まれる原子から高エネルギーの電子を剥ぎ取る。この電子の剥ぎ取りを酸化と呼ぶ。周囲に酸素が十分にあれば、酵母は2段階の反応によってブドウ糖を分解し、その過程でエネルギーを獲得し、あとに水と二酸化炭素だけを残すことができる。この場合、第1段階は解糖、第2段階はクエン酸回路と呼ばれる。
(中略)酵母は酸素の欠乏にうまく適応し、別の方法で活動を続けることができる。酸素を使わない燃焼、すなわち発酵に切り替えるのだ。こちらの方法では、好気性呼吸と比べて糖分子から取り出せるエネルギーは少なくなるが、酵母細胞が生育するための差し迫った必要を満たすことはできる。残ったエネルギーは、酵母細胞がアルコールを生成して使い切る。(中略)
 酵母がアルコールを生成するのは、その濃度が10パーセントから15パーセントの範囲に達するまでで、この濃度に達すると酵母自体が死んでしまう。この仕組みのおかげで、ビールやワインのアルコール濃度が制限される。自然界では事情が少し異なり、酵母はしばらく発酵を続けたあと、自ら生成したアルコールをむさぼることで生育し続けることができる。このように代謝を巧みに操ることで、酵母はアルコールをつくり、濃縮し、消費することができるのだ。」
 ……なるほど。酵母は、酸欠状態になるとアルコールを作り始めるんですね……。
「第2章 エデンの酵母」では、人間が太古から酵母を酒造りに利用してきたことが書いてありました。
「醸造に関する最も初期の明確な考古学的証拠は、中国で出土した8200年前から8600年前の陶器片の化学分析で得られたものだ。それによると、新石器時代の村人たちが米や蜂蜜、果実を使って発酵飲料をつくっていたことがわかる。材料から考えて、この飲み物は現代の日本酒のような味がしたと思われる。」
 酒やパン作りに欠かせない酵母は、ありがたいことに世界中にあふれているそうです。
「酵母は糖があればどんな場所でも生育する。」
「酵母細胞が1個でもあれば発酵が始まり、酵母は指数関数的に増えて発酵を続けていく。」
 そして「第4章 フランケン酵母」では、細胞としての酵母について知ることが出来ます。人間にとってとても重要な酵母は、その細胞の誕生、生活、死が、分子レベルで詳しく調べられてきたほか、ゲノムも解読されているそうです。
「真核生物で全ゲノムが明らかになったのは酵母が初めてだった。」
 しかもなんと「酵母とヒトの細胞の本質は変わらない。」のだとか! このため酵母は、遺伝子研究にも多大な貢献をしてくれているそうです。
 さらになんと薬の製造工場としても働いてくれているのです! 抗マラリア薬、インスリン、血液製剤やワクチンといったさまざまな医薬品の製造工場になっているのだとか……酵母さん、ありがとう!
 他にもバイオエタノールなどの燃料も作ってくれるなど、さまざまな素晴らしい恩恵を与えてくれる酵母さんですが、「菌」として人体に悪い作用はしていないのでしょうか? それについては「第7章 怒りの酵母」にいろいろ書いてありました。
「(前略)サッカロミセス(酵母)は人類に恩恵をもたらす存在であり、救世主になってくれるかもしれないが、その一方で日和見細菌と呼ばれる大集団の一員でもあり、私たちの自然免疫が弱っているときには、体内で旺盛に活動する。しかし、サッカロミセスの感染によって生じる真菌症はきわめてまれである。」
 実際に感染すると……
「(前略)発熱、発汗、吐き気などのインフルエンザと似た症状がよく見られる。サッカロミセスはヒトの体を痛めつけるような遺伝的投資をしておらず、ヒトの体内で生育するのはまれなので、標準的な抗真菌薬に対して耐性をほとんど示さず、症例の3分の2は大した騒ぎに至らず解消する。病原体としての弱点がもう一つあって、動物の固形組織に入り込むことができない。要するに、サッカロミセスは日和見真菌として要領が悪いのだ。」
 なるほど。ワイン作りなどで働く酵母のサッカロミセスは、ほとんど悪さをしないんですね。
 でも酵母の中には、健康に悪いものもいるようです。
「(前略)ミラー酵母はどこにでも存在し、しかも数が驚異的に多いことから、喘息を引き起こす環境要因のなかでミラー酵母が最大の原因だと考えられる。喘息による呼吸困難に苦しむ子どもたちの最大の敵なのだ。」
「(前略)あらゆる酵母のうちで最も致死的なものは、クリプトコックス属の一員だ。この酵母は土壌中で糸状体のコロニーを形成し、風媒性の小さな胞子を放出する。胞子は吸入されると肺で出芽型に変わり、血流中で広がって脳感染症を引き起こす。」
 そんな酵母もいるんだ……。
 麹菌や酵母などがたくさん登場する漫画『もやしもん』(農大で菌とウイルスとすこしばかりの人間が右往左往する物語)が好きだったので、酵母のこともそれなりに知っているつもりでしたが、知らなかったこともたくさんあって勉強になりました。
 生物学が好きな方はもちろん、アルコールやパンが好きな方もぜひ読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。

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