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第1部 本

生物・進化

人類はできそこないである 失敗の進化史(斎藤成也)

『人類はできそこないである 失敗の進化史 (SB新書)』2021/12/7
斎藤成也 (著)


(感想)
 チンパンジーに負けて森に居場所を失い、人間はやむを得ず立ち上がったのかもしれない……「出来そこない」の人類進化史です。
 この本は、古代の人間が新天地を求めてグレートジャーニーに出発し、やがて世界中に拡散・繁栄していった……という従来のイメージを覆してくれます。古代の人間は、もしかしたら「負け犬だからこそ、いかだを発明できた」のかもしれません(笑)。アフリカにすんでいたホモ・サピエンスの中で居住地をめぐる競争が起こり、争いに負けたグループが移動を余儀なくされたとき、川に浮かんで流れている木をヒントにいかだを作ったのではないか、と言うのですが……なるほど、そうかもしれません。
 この本は、こんな感じで、「人類負け犬説」に基づいて、人類進化の全史を振り返っています。
「第3章 人類は進化の過程でなにを失ったのか――進化とはトレードオフである」では、進化の過程で失った次のようなものが、どんどん列挙されていきます。
・立ち上がったせいで痔になった
・進化のせいで、腰痛に悩んだ
・人間以外は高血圧にならない
・「産みの苦しみ」も人類だけ
・9か月も育てたのになぜ「未熟児」で生まれるのか
・体毛がなくなった
・便利な足を失った
・尾もなくなった
・ビタミンCを作れない生物は少数派
   *
 ……このうちかなりの部分は、二足歩行によって起きた問題のようですが、確かに「進化」によって失われるものもあると思います。でも「二足歩行」によってそれ以上のものを得たのでは? と疑問を感じていたら、次のような「進化で得たもの」もちゃんと書いてありました。
・両手が空いて、道具を使えるようになった
・火をおこせるようになった
・視野と世界観が広がった
   *
 ……二足歩行は「いいこと」ばかりが取り上げられてきたけど、「悪い」面もある、つまり「中立的」なものだと言いたいのだと思いますが、やはり二足歩行は、どちらかというと「良い方向への進化」だと思います。そのおかげで人間は文化を発展させることができたのですから。
 そして「第4章 私たちに今も残る、できそこないの痕跡」では、持っている特徴が生存に有利に働きすぎて、逆に退化したユニークな例も紹介されます。
 それはなんと「らい菌」。「らい菌」の遺伝子には50%もの偽遺伝子があるそうです。実は、らい菌の増殖速度は遅くて(潜伏期間が5年以上ある)人体に長く寄生していられて、その代謝物を利用できるので、自力で作り出す必要がなくなった遺伝子が、どんどん壊れていって偽遺伝子化が進んだのだとか。この偽遺伝子化は突然変異によってもたらされる、一種の退化現象だそうです。
 このような「退化」は、良くない方向へ向かうこととするのが一般的なイメージのようですが、個人的には、退化のかなりの部分が実は「効率化」によるものではないかと思っています。生物には「必要がないもの」を刈り込む「優れた機能」があるので、使わないものは「退化」して消えていってしまうのでしょう。その方が、大事なエネルギーをより重要なものに振り向けられますし、必要な新しい変化(進化)に割くための余力も生まれます。
 生命にはそんな「退化力」が備わっているので、自分にとって消えて欲しくない能力は刈り込まれないためにも「使い続ける」必要があるのだと思います。科学による近代化は、人間の能力を「外部拡張」で補ってくれるので、車や重機が身体力を、コンピュータが脳力を、代替(支援)してくれていますが、いつまでも自力で働ける体と脳を保持していきたいので、科学技術に頼りっきりにならないようにして、退化させない程度には、自らの体と脳を使い続けていきたいと思っています(笑)。
 ……ちょっと横道にそれてしまいました、申し訳ありません。えーと……この章の最後は、次の文章で締めくくられていました。
「実際に将来の人類がどのように生きているのかを確かめるのは不可能ですが、無条件によりよく変化していくと考えるのは間違っています。
 私たちは偶然生き残っているだけ。優れた生き物だから当たり前のようによりよく変化して生き延びていくという考えはあらためたほうがいい、と私は考えます。」
 ……確かに、「進化」は常に良い方向に進んでいくわけではなく、負け犬だった人間もいま「偶然」優位になっているだけなのかもしれません。
 ところで、この本は、「要不要説」、「自然淘汰説」、「中立説」という進化に関する三つの通説の中の「中立説」の観点で人類の進化をとらえ直しています。
「要不要説」は「生物にとって必要な性質は受け継がれながら獲得され、逆に不要な性質は消滅していく」、「自然淘汰説」は、「生存に有利な突然変異を起こした個体が子孫を残し、適さないものは淘汰される」で、それに対して「中立説」は、「突然変異は生物の生存競争に有利でも不利でもない中立的なもので、これが進化の主要要因である」というもので、「たまたま運よく生き残って受け継がれた結果が進化である」という考え方です。
 でも……個人的には、部分的に「中立説」的な現象もあるとは思いますが、全体としてはやっぱり「自然淘汰説」が優勢なのではと思います。偶然起こる突然変異のうち、生存に有利に働いたものが生き残っていく……だから生物はしだいに進化してきたのではないでしょうか。もしもすべてが「偶然」だったのなら、もっと退化も進んでいていいのでは? 「中立」なら進化も退化も半々に発生するだけでなく、半々に受け継がれていくはずですよね? 「突然変異は生物の生存競争に有利でも不利でもない中立的なもの」だとは思いますが、その後は「生存に有利な突然変異を起こした個体が子孫を残し、適さないものは淘汰される」で、良いのでは? という気がしてなりません。
 そのあたりがちょっと分かりませんでしたが、面白い視点からの人類史で、楽しんで読めました。人類の進化に興味がある方は、ぜひ読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。

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