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第1部 本

歴史

人類とイノベーション(リドレー)

『人類とイノベーション:世界は「自由」と「失敗」で進化する』2021/3/5
マット・リドレー (著), 大田 直子 (翻訳)


(感想)
 AI、SNS、起業、ブロックチェーン、経済、通信、医療、遺伝子編集……あらゆるビジネスや社会活動における最大の課題「イノベーション」はいかにして起こるのか? その原動力とは? なぜ近年は大きなイノベーションが生まれないのか? 「イノベーションの本質」を、産業革命史や人類史、Google、Amazonの実例などをもとに解き明かしてくれる本です。「はじめに」には、次のように書いてありました。
「イノベーションとは、エネルギーを利用してありえないものをつくり、つくられたものが広まるのを確かめるための、新たな方法を見つけることを意味する。それは「発明」よりはるかに大きな意味をもつ。なぜならイノベーションという言葉には、使う価値があるほど実用的で、手ごろな価格で、信頼できて、どこにでもあるおかげで、その発明が定着するところまで発展させるという含みがあるからだ。」
……イノベーションというとすぐに思い浮かぶのは、ワットの蒸気機関、ジェンナーの種痘などで、ひとりの天才が始めた新しい試みというイメージでしたが、この本はそういう思い込みを徹底的に粉砕してくれます。
「変革は「ひとりの天才」ではなく多くの頭脳によってなされる。」
「(前略)それは進化であって、革命の連続ではない。途中でカギを握っていた発明はそれぞれ前の発明を土台に築かれ、次の発明を可能にしている。」
「この過程で変化を起こした賢人をひとり選ぶのは、難しいうえに誤解を招く。これは多くの頭脳による共同努力である。主要なテクノロジーが「発明」されたあともずっと、イノベーションが続いたのだ」
 ……そうだったんだ……。
 例えば種痘(ワクチン接種)の場合でも、実はジェンナーよりずっと前に始まっていたのだとか。1718年、大使の夫に同行してトルコにいたレディ・メアリーが、予防接種について友人に詳しい説明を書き送っています。
「天然痘は私たちの国では致命的で、広く流行していますが、こちらでは移植と呼ばれるものの発明によって、まったく無害なのです。手術を行うことを仕事にしている女性のグループがあります。(後略)」
 そして彼女は実際、息子に移植を行ったそうです。ジェンナーの牛痘の話は1796年なので、それよりずっと以前からワクチン接種と類似した技術はすでに広まっていたんですね……。なーんだ、と思ってしまいましたが、なんだか安心もしました。だって……あまりにも乱暴な技術だと思いませんか? この本にも次のように書いてありました。
「ワクチン接種はイノベーションに共通の特徴をよく表している。理解されるより先に使われることが多いのだ。昔からテクノロジーや発明は、なぜ機能するかを科学的に理解されないまま、うまく活用されている。18世紀の分別のある人にとって、命にかかわる病気のウイルスに人をさらすことで、その病気から身を守れるというメアリーの考えは、正気の沙汰とは思えなかったにちがいない。それを裏づける合理的な根拠はなかった。18世紀末になってようやく、ルイ・パスツールがワクチン接種の効く仕組みと理由を説明し始めた。」
 もしも私自身が18世紀に生きていたら、やっぱり正気の沙汰とは思えなかったでしょう。でもたくさんの成功事例を現実に見聞きしていたなら、思い切ってやってみる気になったかも。実はメアリー以外にも、1770年代にはドイツとイギリスで数人の医者が牛痘を試していたそうです。
「イノベーションはゆるやかであり、無学の庶民から始まって、その後エリートの手柄になっていることがわかる。」
 そうなんだ。ジェンナーはその慣行を採用するよう周囲を説得したという意味で、素晴らしいイノベーターとなったようです。
 また「第5章 ローテクのイノベーション」では、ローテクでも凄いイノベーションに、あらためて感心(感謝)させられました。
「おそらく最もすばらしいイノベーションは、あらゆるトイレの下を通るパイプのS字またはU字の継ぎ手だろう。そこに水が溜まるおかげで、臭いがパイプを上がってもどってくるのを防げる。みごとなまでに単純で、このうえなく賢い。」
 ……まったくその通りですね!
 そして「第8章 イノベーションの本質」では、イノベーションとはどんなものかを知ることが出来ます。
「まず、イノベーションはほぼつねにゆるやかなものであって突然のものではない。「ピンときた瞬間」はまれで、たぶん存在せず、喧伝されている場合は、いろんな人が何度もあとから振り返り、長い時間をかけて用意したのであって、もちろん途中で何度も方向をまちがえている。」
「イノベーションの歴史で繰り返されていることだが、最大の変化を起こすのは、コストを抑えて製品を簡素化する方法を見つける人たちなのだ。」
「ひとつのテクノロジーのイノベーションは、パーツをゼロからデザインするのではなく、ほかのテクノロジーから機能するパーツをまるごと借りる。」
「イノベーションには試行錯誤が不可欠」
「(イノベーションは)つねに協力で起こる現象である。(中略)全員がイノベーションプロセスの一部であり、イノベーション全体を達成する方法は誰も知らない。」
「基本的なテクノロジーは、誰が活動していたにせよ、必ず世に出る状態に到達していた。」
「テクノロジーは、振り返って考えればばかばかしいほど予測可能だが、予想しようにもまったく予測不可能だ。そのため、テクノロジーの変化に関する予測は、ほとんどいつもとてもばかげて見える。ひどい過大評価か、または同じくらいひどい過小評価のどちらかだとわかる。」
 ……例えば「原子力」は、イノベーションには合わないテクノロジーだそうです。なぜなら莫大な費用がかかる上に規制が多くて、試行錯誤や設計変更がしにくいから……確かにそうですね。
「イノベーション」は、多くの失敗も含めて、多くの人々の粘り強い努力でなされてきたということを、数多くの事例で教えてくれる本でした。
 また、この本のおかげで、歴史の中で埋もれていた発明家たちの名前を知ることも出来ました。例えば、有名なベルとグレイの「電話」開発レース(1876年の特許申請が2時間違っただけ)より前に、イタリア人のメウッチという人が、1856年に電話の実験を行って、1871年に特許の仮出願をしていたそうです(彼は貧困と倒産に見舞われて断念してしまったようですが)。
 そして著者のリドレーさんは、今後もイノベーションを進めるためには、知的財産権を見直すべきではないかと提案しています。
「知的財産権はいまや現代のイノベーションにとって助けではなく障害だ。」
「信じられないことに、ある研究結果によると、化学業界と製薬業界を除いて、知的財産権をめぐる訴訟には、製品を何もつくらず、ただ特許を買って、それを侵害する相手を訴えるビジネスをするだけの会社によって起こされている。そうした会社はいわゆる「パテント(特許)トロール」であり、その活動にアメリカは2011年だけで290億ドルを費やしている。」
 うーん、確かに……。
 それとは対照的なのが、最近IT業界で多い「オープンイノベーション」戦略。Unixなどのオープンソースのソフトウェアなどが、イノベーションをどんどん促進しています。
「フリーイノベーターはめったに特許や著作権を求めない。ということは、進んでアイデアを無料で共有するということだ。」
 フリーイノベーターの気前の良さには感謝しかありませんが、「有用な仕事に適切な対価を与える」という意味で、著作権の保護は、イノベーションにとってプラス面もあるのではないかと思います。その一方で、「パテント(特許)トロール」のような、著作権の悪用に近い行為はなんとかして欲しいとも感じています。
 著作権問題はともかく、いろんな意味で「自由」さは、イノベーションには不可欠なのでしょう。「第12章 イノベーション欠乏を突破する」には次のように書いてありました。
「イノベーションを生み出す秘伝のソースのおもな材料は「自由」だ。交換し、実験し、想像し、投資し、失敗する自由であり、統治者や聖職者や泥棒による奪取と制約からの自由であり、消費者の立場からすると、自分が好きなイノベーションに報い、そうでないものを拒む自由だ。」
 ……「イノベーション」の本質をじっくり教えてくれる本で、とても参考になり、いろいろ考えさせられました。
 特に、人類の歴史を動かしてきた凄いイノベーションが一人の天才の力によるだけのものではなかったことを知ったことは、地味な仕事にも価値があることを実感させてくれました。イノベーションは、遠い世界の一人の天才による仕事ではなく、普通の人々の汗の結晶だったんですね……。「偉人伝」よりも、こういう本を子供たちに読ませた方が、むしろ「やる気」を起こさせるんじゃないのかなーと思ってしまいました。
 みなさんも、ぜひ読んでみてください。お勧めです☆
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。

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