ちょき☆ぱたん お気に入り紹介 (chokipatan.com)

第1部 本

生物・進化

目的に合わない進化(ハート)

『目的に合わない進化 上:進化と心身のミスマッチはなぜ起きる』2021/3/17
アダム・ハート (著), 柴田 譲治 (翻訳)

『目的に合わない進化 下:進化と心身のミスマッチはなぜ起きる』 2021/3/17
アダム・ハート (著), 柴田 譲治 (翻訳)


(感想)
「進化」という言葉を聞くと、普通は「よりよい状態への変化」をイメージしますが、実は「不適合な進化」もある、ということを科学的に考察している本です。
 序章には次のように書いてありました。
「わたしたち人間が、自ら構築した二十一世紀の世界を生きる存在であることと、かつて自然環境の中で進化した動物であったこととの間には大きな隔たりがあり、その隔たりこそが本書の中心テーマになる。食習慣やフェイクニュースの出現など、現代的生活の驚くほど多様な側面を調べてみると、進化がわたしたちに与えてくれた能力に最も適した世界は現在のこの世界ではなく、実は大多数の人々にとってもはや存在しない世界であることがわかってくる。進化の遺産は現代世界と出会うことで、わたしたちを助けるのではなく著しい「目的不適合」をもたらしている。わたしたちが進化してきた遠い過去の世界と、現在の世界との不一致が、たとえば肥満危機を助長しているのである。」
 ということで、この本は、「肥満危機(過去と現代の不一致のおかげで、現代の食生活で多くの人が身体を壊してしまっている)」、「バクテリアとの複雑な関係」、「人間を守るために進化したストレス反応が、現代では逆にわたしたちの生命を脅かしている」、「知り合い数の急増にわたしたちの脳が対応できていない」、「原始的な暴力で支配された社会を築き上げる進化的傾向性」、「もともとは生存のために進化した嗜癖は、脳の報酬系をハイジャックしてわたしたちを危険な快楽へ向かわせている」、「人間は集団行動・信頼・協力を身につけて社会性を進化させたが、その一方で騙されやすくなり、フェイクニュースや誤った信念の餌食となっている」などなど、さまざまな「不適合な進化」について、みっちり考察しているのです。
「訳者あとがき」には非常に簡潔なまとめがありました。
「本書全体を通した論理の枠組みは単純です。遠い過去の環境に適応するように何千年もかけて進化してきたストレスや免疫系の遺伝的特徴が、現代の環境の急激な変化の中では、うまく機能せず、新たな進化もとうてい環境に変化速度には追いつけないために生じていると考えるのです。」
 ……例えば「脂肪」の「不適合な進化」について。脂肪は飢餓を乗り越えるために蓄えられているという「倹約遺伝子仮説」がありますが(私自身も信じていた仮説ですが……)、本当に進化が原因ならば、「ゲノムにその痕跡が残っているはずだから、倹約遺伝子の遺伝的証拠を探さなければならない」とハートさんは言います。
 実は脂肪には、褐色脂肪細胞(熱生産)と白色脂肪組織(太らせる)があり、褐色脂肪細胞にはミトコンドリアや毛細血管が多いので褐色をしているのですが、白色脂肪細胞の方はエネルギーを蓄える以外に特別なことをする必要がないので白色だそうです。そして皮下脂肪の白色脂肪細胞は美容上は気になっても健康上の問題はあまりありませんが、内臓脂肪になると美容だけでなく病気の原因になるなど人生に悪影響をもたらすのです。
 そんな脂肪については、飢餓に備えるため(倹約遺伝子仮説)とか、偶然のばらつき(浮動遺伝子仮説)などの仮説がありますが、いろいろと検証した上で、両方とも証拠に乏しいとハートさんは考察しています。
「二十一世紀の食事と祖先の簡素な食事の違いは、「進化的不適合」として最もよく知られ現代の肥満と言う悩みの原因とされているが、すでに見てきたように飢餓に適応した倹約的遺伝子仮説は、幅広く、少なくとも人間集団全体について証拠によって裏付けられたわけではない。(中略)明らかなのは、進化的過去という遺産がわたしたち人間の現在そして未来の土台であり、そこに現在のように高カロリーを摂取でき捕食者や飢饉のない世界での生活が重なることで、健康な体重を維持するために多くの人が苦労を強いられているということだ。」
「要約すれば、大規模な環境の変化が起きると進化的な不適合が生じ、ある時には進化的な対応によってその不適合を克服できるが、屈服せざると得ない時もあるということだ。」
 なるほど……「脂肪」は「進化的な不適合」の一例なんですね。
 こんな感じで、さまさまな「進化的な不適合」について、科学的に考察しているのです。その中には意外なものもあり、「なるほど、こういう見方もできるんだなー」と新鮮に感じさせられました。ハートさんは次のように言います。
「人間が原因となっている多くの環境問題を解決しなければならない切迫した状況にあって、最も心配なのは、利己的に進化してきたわたしたちは、未来について理性的な想像ができなくなっていることだ。」
 ……どうしてこのような状態になったのかを理解し、この状態から脱する手段を発見するために、わたしたちは自分自身とその進化を見直すべきなのでしょう。
 最後の「第十章 未来」でハートさんは次のようにも言っています。
「賢明な第一歩は、未来のわたしたちは依然としてわたしたちであることを常に力強く意識することだ。未来のわたしたちは見解も感覚も、希望も恐怖も今現在のわたしたちと変わらないだろう。わたしたちの限界を受け入れ、自らの弱点に注目する時が来ているのかもしれない。そうだとするなら進化的遺産の理解を深めることによって、最も重大な不適合からわたしたち自身を救済し、未来世代もこの地球上で繁栄できるような知恵が得られるのではないだろうか。」
 とても勉強になり、考えさせられ、また新たな視点ももたらしてくれる本でした。ぜひ読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。

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