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第1部 本

社会

スパイダー・ネットワーク(エンリッチ)

『スパイダー・ネットワーク 金融史に残る詐欺事件――LIBORスキャンダルの全内幕』2020/3/19
デイヴィッド エンリッチ (著), 高崎 拓哉 (翻訳)


(感想)
 2012年、LIBOR(ライボー/ロンドン銀行間取引金利)の値を不正操作した詐欺容疑で、元東京駐在の外資系投賢銀行トレーダーのトム・ヘイズが逮捕されました。銀行とヘイズらが莫大な利益と報酬を手に入れた一方、世界の金融市場は破綻し、罪なき一般投資家が猛烈な打撃を受けていた……彼はどのようにして犯罪に手を染めることになったのか。そして、彼をとりまく業界の悪弊と強欲、腐敗の実態とは……業界の実態の一部を暴き出す金融犯罪ノンフィクションです。
 LIBORというのは、London Interbank Offerd Rateの略で、「ロンドン銀行間取引金利」のこと。ロンドン金融市場で銀行同士が資金の貸し借りをする際に、資金の出し手が示す平均金利で、指定された複数の銀行(リファレンス・バンク)が申告、上下数行を除いた銀行の平均がLIBORです。米ドル、ユーロ、日本円、英ポンド、スイスフランドルやユーロの5通貨ごとに1週間、1カ月、3カ月、1年といった複数の貸出期間が示されます。
 様々な金融商品がこれと連動して動いているそうですが、ヘイズたち外資系投資銀行やブローカーたちは、なんとこのLIBORの値を不正操作するという手口で、自分や所属銀行に多額の利益をもたらしていたのだとか。LIBORは各銀行の下級職員たちがデータを提出することで成り立っていたので、このデータに「若干の手を加える」ことが可能だったのです。そしてLIBORは「銀行間取引金利」とは言え、一般人向けローンなどとも連動しているので、間接的ではあっても、不当に高めの金利を払わされることになるなど、一般の人も不正操作の犠牲になっていたのでした。
 金融業界やそれを取り締まる規制当局には、根本的で構造的な問題がありそうです。この本には次のような記述がありました。
「誰もがやっている以上、やらない理由がなかったし、自分にしかないスキルを使って大きな見返りを得るのは、彼らからすれば当然の権利だった。そうした転身を禁止する法律はなく、周囲を見回せば、そこはプロだけが見抜ける制度の欠陥、あるいは抜け道を利用して金持ちになった者たちであふれていた。だから自然な流れとして自分のスキルを活用し、かつての所属組織が課す法律や規制を大企業がかいくぐる手助けをするようになった。」
「ならず者トレーダーをはじめとする銀行業界の異端児たちは、システムが生み出した存在だということだった。(中略)金融業界の実態は、それよりも『ハンガー・ゲーム』に近いと言ったほうがいい。あそこでは誰もが自分の利益を増やすために行動している。勝者がもう役立たずになったと思ったなら、後ろからぶすりとやる。「目的は、必ずしも金ではありません。大事なのは勝つことです」普通のモラル、倫理観は、あそこでは通用しない。」
 この事件ではヘイズを筆頭に五人が有罪になりましたが、八人の関係者は無罪になりました。不正操作で巨額の利益(損失)が発生したはずなのに、これで終わりなのか……という印象を受けてしまいました。もっともLIBORは、2021年限りでの廃止が実質的に決まったそうですが。
 また、この本には日本人はあまり登場せず、日本の金融市場への影響についても何も言われていませんでしたが、東京駐在の外資系投賢銀行トレーダーのヘイズが操作していたのは、「円」のLIBORだったので、我々日本人も損害を被ったのではないかと強い疑いを抱かざるを得ませんでした。これが発覚したのは2012年だったので、日本人はみんな、その前年に起きた東日本大震災のことで頭がいっぱいで、この金融犯罪に注目する余裕がなかったのかもしれません。
 とりあえず、我々一般人がこの事件から教訓を得るとしたら、「自分の金融資産は自分で守らなくてはいけない」ということ。「金融の専門家」の言うことを鵜呑みにせず、株価や金融状況などを自分の目で確認し納得した上で金融取引を行っていれば、たとえ損害が出てしまっても精神的ダメージは少ないでしょう。トレーダーに丸投げして損害を受けた後に、「専門家だから信じていたのに……」と責任を追及しても、彼らは損害の補償をしてくれるわけではないのです。本書の中でも、容疑をかけられた全員が、その高い知力を尽くして全力で「逃げ」ようと努力していました……。
 そしてこのノンフィクションを読んで、もう一つ思ったことは、「金融のAI化は案外良いことなのかもしれない」ということ。実は、金融業界にどんどんAIが入り込んでいる現状に、将来は「ブラックボックス」の性格があるAIに任せることになるのかも……と不安を感じていたのですが、人間のトレーダーはAI以上に信用できないと痛感させられてしまったのです(もちろん日本の銀行には、信用できる人の方が多いのだとは思いますが……)。LIBORだって、銀行の担当者が出すデータではなく、実際の取引データで機械的に集計できていれば、「恣意的操作(詐欺)」が入り込むことを「システム」的に排除できたはずではないでしょうか。
 今後は、正しい機械化が進むことで、金融業界のクリーン化が進むといいなと願わずにはいられませんでした。(でもAIは「ブラックボックス」なので、その中に密かに誰かの意図的操作を入れられる可能性があることも忘れてはいけません。)
 金融犯罪の実態を知ることが出来るノンフィクションでした。興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。

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