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第1部 本

教育(学習)読書

対岸へ。 オーシャンスイム史上最大の挑戦(ナイアド)

『対岸へ。 オーシャンスイム史上最大の挑戦』2016/12/29
ダイアナ・ナイアド (著), 菅しおり (翻訳)


(感想)
 2013年9月、ダイアナ・ナイアドさんは64歳にして、フロリダ海峡180kmを泳いで横断するという偉業を成し遂げました。これは彼女が自分自身の苦闘を描いた感動の記録です。常識をはるかに超えた精神と肉体の極限に挑む……人間って凄いなと思わされました。
 この本を読んだのは、「64歳での快挙」に、アンチエイジングの秘訣や活力の源を教えてもらおうという軽い気持ちからだったのですが……あまりの凄さに圧倒されっぱなしでした。アンチエイジングはしたいけど、こんな真似はとても出来そうにありません(汗)。
 彼女の名前は「ナイアド」。これはギリシャ神話の水の精、神の水を守るために湖、海、川、泉を泳ぐものの名だそうです。まさしく彼女は「水の精」そのもの。でもこの本から受けた印象は、穏やかな青い水ではなく、燃え盛る赤い炎。水の精の中には地獄のような暗く激しい紅蓮の炎が燃えていたのです。それは怒り、そして不屈の根性……。
 彼女は幼少期から水泳に親しみ、26歳でマンハッタン島1周を成し遂げ、男女を通じての新記録を樹立しました。30歳で現役を退いた後はスポーツ番組でのキャスターとして活躍し、そして60歳で一念発起、20代からの夢だったキューバ~フロリダ横断泳に挑戦したのです(28歳の頃、一度挑戦して失敗しています)。60歳で再びプールで泳ぎ始めた時は、クロールでゆっくり20分泳ぐことから始めたそうです。そして一か月半後には2時間、そして半年後には海で6時間以上泳いでいました。これだけでも凄いと思うのですが、まだまだこんなのはほんの序の口。フロリダ海峡横断泳に要する時間は50~60時間。なんとスイマーはその間一睡もできないのです!
 こんな過酷な挑戦を、60歳にして何故再び始めようと思ったのか……それは昔の自分が大事にしていた価値観を思い出したから。オリンピック水泳選手をめざしていた彼女は、試合前に友人から、「ゴールタッチする時に、「これ以上、100万分の1秒だって速くは泳げなかった」と言い切れたら、結果がどうなったって大丈夫。悔いはないはず」と励まされ、それ以来、「小爪の先ほどの余力も日々残さない」姿勢で未来に立ち向かうという人生哲学を持ったのでした。
 アスリートとして見事な生きざまを見せてくれる彼女ですが、実は子どもの頃から何度も辛い目にあっています。というのも彼女の父親は詐欺を生業にしていたから。倫理観に欠けた男に育てられ、周囲とのトラブルで何度も引っ越し、そして希望を見出した水泳ですらコーチに……あまりにも過酷な子ども時代の赤裸々なエピソードに、読みながら心が乱れ、素晴らしい内容だけど、このサイトで紹介するべきではないかも……とまで考えさせられました。それでもこの本を最後まで読み終えた時には、これはなんとしても紹介して多くの人に読んでもらわなければとの決意が固まっていました。
 この本は、人類未踏の偉業を成し遂げた人の自伝で素晴らしいノンフィクションですが、単純なスポーツ根性話ではありません。過酷な子供時代を生き抜いてきた女性の苦悩や苦闘も盛り込まれています。かなりショッキングな話も含まれているので、中学生以下の方にはお勧めできません。また精神にトラウマのある方には、「劇薬」として作用してしまうのではないかとも思います。この本を読むと、もしかしたら劇的に心が癒されるかもしれませんが、むしろ劇的に打ちのめされる可能性の方が高いのではと危惧してしまいます。少し読んで辛いと感じたら、すぐに読むのをやめてください。トラウマを癒すためには、癒されるべき時期があるのだと思います(こんなに強い精神力を持ったナイアドさんも、50代でもトラウマに悩まされていました)。ただしこの本の後半には、彼女自身がトラウマを克服するのに役だった心癒されるエピソードがいくつも書いてあるので、読める時期がきたと思ったら、ぜひその部分を読んで欲しいとは思いますが……。
 倫理的に問題のある大人に育てられることが、どれほど辛いことか……想像すると涙が出そうになります。彼女には弟と妹がいますが、三人ともとても「まっとうな人間」に育っていて、どんな環境で育っても自分の人生を切り拓けるのだと痛感させられました(もっとも弟さんは倫理的に「まっとうな」どころか、父親の罪を一身に背負って贖罪したかのような破滅的な「聖人」人生を送ってしまったようですが……)。私もクヨクヨ人間として悩み多き子ども時代を過ごしてきたように思っていましたが(汗)、彼らに比べたらどれほど幸福な人生だったことか……甘ったれるなと自分を殴りつけたくなりました(涙)。辛い思いをして育つ子どもが一人でも減ること、そしてこれからの彼女と妹さんや関係者の皆さんが幸福な人生を送ることを心から祈りたいと思います。
 さて、彼女の60歳からの再挑戦も、とても厳しいものでした。外洋では、感覚がほぼ完全に遮断された極限状態となるそうです。波酔い、嘔吐、低体温症、幻覚……生存を脅かす苦痛が繰り返し訪れてきます。フロリダ海峡には渦や反流を伴う激しいメキシコ湾流が荒れ狂い、海中にはとりわけ危険な生きもの(サメや毒をもつクラゲ)が待ち受けます。冒険を支えたチームは総勢44名。彼女は64歳、5度目の挑戦でようやく泳ぎ切ることに成功しました。
 このような大胆きわまる冒険となると、成否は次の四つの要素に左右されるそうです。
1)身体づくり。トレーニングとしてあらゆる手段をとる。
2)自然の力、妨げになるものを可能な限り知る。知識こそ力。
3)才気あふれる高潔な人物でまわりを固めること
4)不動の信念。
 そしてこのような過酷な挑戦には、船によるサポートなどのチーム力も不可欠でした。彼女は周囲の優しい人々にたくさん助けられてきましたが、さすがに失敗も4度目にもなると、チームの主軸だった人たちの中からも、「不可能だ。これは人間業ではない」と悲観して離れていく人も出てきてしまいます。またキューバとアメリカの間は必ずしも友好的とは言えず、入国の事務処理などにも煩わされました。それでも彼女は挫けませんでした。彼女の不屈の精神・熱意が彼らを呼び戻し、5度目の挑戦へと導いたのです。
 彼女は言います。
「わたしは既定の計画など感じない。どう考えてもそういう運命だったはずのない、脈略のない混沌としたできごとが、日常にあふれかえっている。混沌を受け入れて、その大きな混乱のなかでも有意義で喜びに満ちた人生をつくるために全力を尽くすのだと、わたしは子どものころから心がけるようになった。」
「……過去のくだらない後悔と、未来のむなしい夢想に時間をむだにしていた。キューバ~フロリダ横断は、情熱へ続く道だった。どんどん過ぎる時間にももうびくつかない。(中略)だが、わたしは信じられる。「小爪の幅ほどの余力も残さない」日々に戻った今、そういう激しさをもって生きていれば、時計の音に後悔したり、くよくよしたりするひまはない。」
 心が震えるほど、いろいろなことを考えさせてくれる感動のノンフィクションでした。最後は、彼女の人生のメッセージでしめくくらせていただきます。
「対岸がなんであれ、やらねばならないことがなんであれ、情熱をかきたてるものがなんであれ、きっとそこに至る道が見つかる」
   *    *    *
 別の作家の本ですが、遠泳に興味のある方には『遠泳を基軸とした海浜プログラムー安全かつ感動をー』などが参考になると思います。
 また、『井村雅代コーチの結果を出す力』、『2時間で走る:フルマラソンの歴史と「サブ2」への挑戦』、『極限のトレイルラン: アルプス激走100マイル』、『トレイルランナー ヤマケンは笑う。 僕が170kmの過酷な山道を“笑顔”で走る理由』など、過酷なスポーツをする上で参考になる本は多数あります。

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