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第1部 本

文学(絵本・児童文学・小説)

絵本・児童書(海外)

モモ

『モモ』2005/6/16
ミヒャエル・エンデ (著, イラスト), 大島 かおり (翻訳)


(感想)
 町はずれの円形劇場跡にいつの間にか住みついた不思議な少女モモが、町の人々から盗まれた時間を取り戻そうと立ち上がる物語です。
 ファンタジーの名手、ミヒャエル・エンデさんの代表作で、とても素晴らしい作品なので、一番好きな児童文学に、この本をあげる方も多いのではないでしょうか。
 時間泥棒に取りつかれた人々の姿は、働き者の大人そのものなので(汗)、子供だけでなく、大人が読んでも、さまざまなことを考えさせられると思います(というより、この作品は、むしろ大人の方が、深く味わえるだけでなく、得られるものが多いと思います)。
(※ここから先は、物語の核心にふれるネタバレを含みますので、結末を知りたくない方は読み飛ばしてください)
 モモは、小さくてみすぼらしい女の子ですが、ほんとうに相手の話を聞くことが出来る不思議な女の子でした。大人は、モモを相手にしているうちに、いつの間にか本音をもらしてしまい、しだいに自分で自分の問題が解決できるようになっていきます。そして子供たちは、楽しい遊びを思いつけるだけでなく、全身全霊で「ごっこ遊び」に没頭することができました。
 そんな穏やかな町に、暗い影がさしはじめます。自動車が町中を走り回るようになり、葉巻をふかした灰色の男たちが、しょっちゅう小さなメモ帳になにかを書き込んでいる姿が、あちこちで見られるようになったのです。とは言っても、彼らのことは、なぜかモモ以外の誰の記憶にも残らないようなのですが……。
 実は彼らこそが、「時間泥棒」だったのです。灰色の男たちは、町の人々を相手に言葉巧みに営業し、人々に「時間節約をして時間を貯蓄しよう!」と呼びかけます。時間を無駄に遊ばせておく必要はないという言葉に、町の人々ははっと目覚め、もっと効率的に仕事をしよう、もっとお金を稼ごうと頑張りはじめます。でも……節約した人々の時間は、いつの間にか、こっそり盗み取られていくのでした。
 ……このあたりまで読んだところで、背中を冷や汗がたらたら流れました(汗)。「きみの生活を豊かにするために、時間を節約しよう!」という標語は、私の頭の中にもしみついている言葉だったからです。町の人々は、「余暇の時間でさえ、すこしのむだもなく使わなければならないと考え」始めたようですが、……実は、私もそう考えています……。
 えーと、エンデさんは、無駄な時間の中にこそ、生活の本当の豊かさがあると考えているような気がしますが、それは本当にそうだと思います。「残業続きで残業手当がたまっていっても、それを使う時間がないよ!」と嘆いた同僚を思い出しました……。
 かつてIT関連技術の驚異的な進歩を表現する言葉として、「ドッグイヤー」が使われたことがあったのですが、これは、犬の一生は人間の約1/7であることから、1年が数年分に相当するという意味で使われていました。IT技術は生活を便利にしてくれましたが、同時に、コンピュータの驚異的に速い時間が、人間の時間にじわじわ浸透してきて、何か実際に仕事をする時に、自分自身の仕事が呆れるほど「遅い!」と感じることが多くなったように思います。例えば何かの仕事の計画をするとき、頭の中だけでバーチャルに考えると、「すぐに出来る」と思ってしまい、実際には、手を使って材料や道具を集め、作業場所まで移動しなければいけないというように、意外に無駄な準備時間があることを、忘れてしまっているのです(汗)。そして……時間を無駄にしないよう、何か思いついたこと、やらなければならない仕事などは、すぐにメモをしています。
 ……灰色の男は、私だったのか!
 そして、あくせく働いている町の人も、私です。幸い(?)、灰色の男も私なので、時間泥棒に時間は取られず、差し引きプラスマイナスゼロだとは思いますが……(でも、ひょっとして……実は泥棒されてる?)。
 自分の遅い仕事にいらいらし、予定の仕事がどんどん溜まっていくとき、最後には、心の中でいつも思っていたことと同じ気持ちを、本の中で、道路掃除夫ベッポの言葉に見出して、ホッとしました。
「いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん、わかるかな? つぎの一歩のことだけ、つぎのひと呼吸のことだけ、つぎのひとはきのことだけを考えるんだ。いつもただつぎのことだけをな」
 溜まった仕事の高い山は、一つ一つ地道にやることで、いつかは終わると信じてやるしかないんですよね(そういいながらも、すぐに終わりそうな簡単な一つを選んで、残りの仕事の山を「効率的に」減らすことを、いつも考えているのですが……汗)
 この作品では、「時間」とは何かということを、とても考えさせられます。
 灰色の男からも本音をひきだしてしまったことで、灰色の男たちから「敵」とみなされてしまったモモが、不思議な亀に導かれて、竜宮城ならぬマイスター・ホラの<どこにもない家>にたどりつき、時間について語り合う場面では、読んだ時の心理状況に合わせて、心に響く、さまざまなメッセージを拾い上げることが出来ると思います。ぜひ一度、読んでみてください。
 ……この本を読んだら、心の片隅の廃墟に、こっそりモモが住み着いてくれたようです。疲れ果てたときには、そっと彼女に語りかけてみたいと思っています。
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 エンデさんの他の本、『はてしない物語』に関する記事もごらんください。
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 エンデさんは、他にも『鏡のなかの鏡―迷宮』、『自由の牢獄』、『ハーメルンの死の舞踏』、『だれでもない庭――エンデが遺した物語集』などの本を出しています。

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